実家の神じまい(前編)

誰かが「自分を守れる」誰かが「ひとりじゃない」と気付ける

私の人生で起きた波乱万丈だけど不幸じゃない経験をもとにお話しします。

内容は<親の借金、相続、実家じまい、孤独、同居、ワンオペ育児、子供の発達、自分の体、モラハラなど>になります。

困難に向き合い、乗り越える中で小さな安心をどう作っていったか、気付いていただけると幸いです。

祖父宅にある稲荷祠(ほこら)

祖父宅は交通に不便な山奥にあります。幼いころは、私たち家族は別で暮らしていました。

父は長男であったので、祖父宅にはよくお泊りに行ってました。その家の裏庭にお稲荷の祠があり、私は幼いながらに、とても気になっていました。

湧水が出なくなる

阪神淡路大震災で祖父宅に湧いていた生活用水として使っていた湧水の水路が断裂したのか、出なくなりました。徐々に生活はしづらくなり、大人になった私はそれを境に、祖父宅から足が遠のきました。

台風で祠の神具がなくなる

ある強い台風で祖父宅もダメージを受けました。

ある日、祖父宅の祠はどうなったのか、母に尋ねました。

母からは、「台風でお稲荷さんの神具が飛んでしまったよ。」、と聞き、私は気になりました。

バブル崩壊後、父の事業は低迷し、バブル時に購入した土地のローンが重くのしかかり、生活は苦しい状況になっていました。私が社会人になるまではその親の苦労には気付いていませんでした。

お稲荷さんは商売繁盛の神様であり、若い私は、たま脳裏にお稲荷さんが浮かび、気になりつつ、過ごしていました。

苦しい状況の20年間で気になるお稲荷さんの祠

自転車操業のようにしながらも父も母も一生懸命働きました。母から状況を一部聞いた私もできる限り金銭的なサポートを行いました。数年して、脳裏にはずっと祖父宅のお稲荷さんが気になり始めました。

亡き祖父宅の祠へ

15年ほど経過し、父は病でほとんど動けない状態になりました。それからさらに5年。

実家を継げる子はなく、仏様をどうするか、家族で話し合うことになりました。その時に私は、あのお稲荷さんの祠が気になることを家族に伝えました。

その週末に長女が霊力のある方と偶然知り合う機会があり、相談できることになりました。

祠の写真を霊視してくれることになり、すでに山と化している祖父宅に赴き、草刈りをしながら自宅の裏庭になんとか入ることができました。一人では立ち入る勇気が持てず、母と行動しました。

祠を前にして たつ鳥肌

うっそうと山と化した草木の中、祠はありました。

母と二人でなんとか祠に向かい、長女から依頼のあった祠の写真をおさめました。鳥肌が立ち、私はすぐに立ち去りたくなりました。

祠の霊視

長女より、祠の霊視の結果が説明されました。

「神様はいらっしゃらない。しかし、きちんと宮司さんに相談して処理された方がいいです。悪い氣は感じませんが生き物(動物・虫)の霊が引き寄せられています。中には入っていませんが入り口近くに蛇が視えます。一度は手を合わせた神事です。最後は丁寧に感謝をして終わりにしてください。」

と、教えていただきました。

3か月後の11月末に宮司さんに神じまいの祈祷をしていただく運びになりました。

<後編へ>

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