誰かが「自分を守れる」誰かが「ひとりじゃない」と気付ける、
私の人生で起きた波乱万丈だけど不幸じゃない経験をもとにお話しします。
内容は<親の借金、相続、実家じまい、孤独、同居、ワンオペ育児、子供の発達、自分の体、モラハラなど>になります。
困難に向き合い、乗り越える中で小さな安心をどう作っていったか、気付いていただけると幸いです。
夫との結婚 出産時の波乱
<中期からの続き>
結婚し、2年が経過しました。
待望の我が子を出産し、夫は普段見せないほどニコニコしていました。
産科病院にも親族が来訪してくれます。
父が手土産を持って、孫に会いに来てくれました。
夫は思うことがあったらしく、その後、私の両親に会いに行き、
「借金があると聞いています。手土産などにお金をかけずに、節約してください。
妻が仕送りしたお金で手土産など買わないでください。こどもに会いに来るときも連絡をしてからにしてください。」
夫は父親になった自覚と決意から、なんとしても借金返済をしてほしいこと、出産後で疲れているであろう私を気遣い、連絡なく来ないこと等、私に相談なく両親に言ってしまいました。
以後、関係は険悪になってしまいましたが、仕送りをしなくてもよくなったことは、実感としてとても楽になりました。もともと、倹約思考の夫は、私との出会いでさらに磨きをかけ、実家に頼りにされる私と実家との間に線引きをしてくれた形です。
楽になったとはいえ、出産直後から家族の不和で泣いてばかりの入院期間を過ごし、実家へ里帰りする予定も、急遽私たちが住む賃貸へ母親達が通ってくれることに変更になりました。
夫も「育児休暇をとる!!」と言い、現代では育児休暇を取得する男性も多くなったとは思いますが、この話は10年以上前のことなので、有り得ないことのように思いました。
それから5年、さらに波乱が
コロナ感染症の流行で、実家の両親ともほとんど会うことがなくなってしまいました。
そうしている間に、兄弟が他界、それと同時に実家の父も病気になり、どんどん悪化していきました。悪化してから、病気であることを伝えられ、私は実家の借金を代わりに返済しようと思いました。
私は以前に、実家の借金の重さから、お付き合いがうまくいかなかった方がいた経験があります。
自分の子供がそのような負担を背負わないように、借金は返しきる!ことしか考えませんでした。
金額は千二百万円。自己破産や生活保護も話にはでましたが、両親にもその覚悟はなく、その後の生活を考えると、劣等感が消えないであろうと思い、自分だけの判断で支払いを始めました。
姉や夫にも相談せず。
約3年にかけて、毎月何十万円も支払いながら、返済を続けました。
心が折れたとき
母に「借金返済はしてもらったいるけど、生活費も出してほしい」
と言われるまでは一人で抱え、払い続けていました。母のこの言葉で私の心は折れ、とうとう夫に話す時がきました。
夫に伝えると、話していなかったことに対して夫は絶望し、
「お前は信用できない。子供をおいて出ていけ。あれだけ家族みんなで話し合うように言っていたのに、なぜお前だけが負担をしているんだ。仕送りしなくてもいいように話をつけていたのに!」
と呆れられました。
夫婦別々の金銭管理をしていましたが、
・夫は家族のお金は同じ財布と考えている
・私は自分の貯金は自分のお金と考えている。そこから、実家に支払っているという考え。また、給料とは別に得た収入から、実家に支払いをしていました。
夫のお金には手を出す気はまったくありませんでしたが、考えの違いから離婚の危機に陥りました。
確かに私の考えは、実家の両親のことばかりで、今の家族を中心に考えていなかったと思います。
その時は、お金の相談をする相手もおらず、抱え込み、おかしくなっていたように思います。
実家の支出と収入 そして幕引きまで
まずは聞きづらかった支出をすべて教えてくれるように母に頼みました。長年、教えてくれませんでしたが、私の離婚危機もあり、両親に対して遠慮なく、ひどい言葉をあびせました。
結果、聞き出せた収入と支出のバランスは完全に赤字で、支出は保険がかなり多く、保険代だけで父は年間95万円、母は年間23万円も保険代に消えていました。
年間約120万円。特にここ数年以内に入った保険が月々5万円ほど払わなければいけなくて、すぐに解約するように言いました。渋る母に、何度も罵声を浴びせ、なんとかなんとか解約し、その解約金で残りの借金を返済するように言いました。
でも、母は「お金がなくなってしまう」と拒否反応を示し、
「借金を自分たちで返済しないと、私ももう払えない」
ことを伝え、何度も説明し、ようやく20年以上に渡った借金地獄が幕をおろしました。
私が両親に想うこと
私が数年で一千万円以上の返済をしたことに、父は自尊心を傷つけられたかもしれません。
私への返済は今後半分もありません。
でも私にも小さな夢がありました。
それは
頑張ってきた両親に孫と過ごす穏やかな老後を送ってほしい
これが私の希望でした。
しかし、父の病状は良くなく、入退院の繰り返しで、自宅で過ごしている時もほとんど寝て過ごしている状態でした。病気が発覚してから約5年。もっと状態は悪くなり、自力で立つことも難しくなりました。
実家じまいに向けて
跡継ぎのいない実家を閉めるために、やらなければいけないことはたくさんあります。
ただ、私たち家族を長年苦しめてきた借金問題は両親が踏ん張り、最終決断したことと、私が肩代わりすることでとりあえずの片が付きました。まずはひとつ、家族で向き合えたことを喜びたいと思います。
波乱の中、自分を大切にすることを学ぶ
この重苦しい私の波乱万丈な人生の一部を読んでくれている皆様も何か壁にぶつかった時は自分一人で解決をせず、まずは家族に相談してほしいです。
敵だと思っていても、実は言い方や考え方が違うだけで、自分のことを強く思ってくれている場合もあります。何もしてくれなくても、話すことで何か道が開けることがあります。
私は、他人には劣等感が強く、現実離れしすぎている私の人生を全く話せませんでした。
両親の自尊心を思えば、家族内でも話すことを迷い、一人で抱えてきました。
今回は父の病気をきっかけに借金を肩代わりすることで、完済というゴールにたつことができましたが、両親からすれば娘に借金している状態で前より苦しく感じている可能性はあります。
ただ言えることは、人に話すこと・自分を守ることは大事なんだな、ということに気づいたことです。
まだまだ続く、実家問題に家族で向き合い・話し合い、敵だと思っていた夫にも共有・相談をし、信頼を取り戻していく。自分以外に警戒し、心を閉ざすのではなく、自分の心の扉を少し開くと見える景色はずいぶんと変わります。
自分を受け入れ、弱い自分も強がる自分も大切にして、こんな自分でいいんだと認めてください。
人を想うからと自分を犠牲にせず、自分を大切にする境界線を保つことがすごく大切だと感じました。
<おわり>

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